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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)2017号 判決 1961年12月25日

原告 橋本ぢん

右訴訟代理人弁護士 松井邦夫

被告 邦須三次郎

右訴訟代理人弁護士 市野沢角次

主文

被告は原告に対し、別紙目録(一)記載の土地を、別紙目録(二)記載の建物を収去して明渡し、かつ昭和三五年一〇月七日より右土地明渡ずみに至るまで、一ヶ月金八五四円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求原因を次のとおり述べた。

「一、原告の先代橋本寿吉は昭和二七年一〇月一五日、被告に対し、寿吉所有の別紙目録(一)記載の土地を普通建物所有のため、期間満二〇年、賃料一ヶ月八五四円と定め、かつ被告が賃借地内の建物を増改築し、又は大修繕をなすときは、賃貸人の承諾を受くべきこと、若し、之に違背したときは催告を要しないで、賃貸借契約を解除せられ、賃借物の返還を請求せらるるも異議なき旨の特約(以下無断増改築禁止の特約という)の下に賃貸し、被告は右地上に木造瓦葺二階建居宅一棟建坪一七坪七合五勺、二階五坪を所有していた。原告先代寿吉は昭和三五年六月一五日死亡し原告外三名が右土地を共同相続したが、其後遺産分割の協議の結果、右土地は昭和三五年一〇月五日原告の単独所有となり、原告は所有権取得の登記を経由し、右所有権を取得するとともに先代寿吉の右賃貸人たる地位を承継した。

二、被告は、昭和三五年九月下旬頃右賃借地に従前所有していた前記建物を、原告に無断で玄関七合五勺及び向つて玄関の左側三坪の応接室を除く其余の一四坪の部分の根太及び柱を取換え、従前あつた二階五坪を取壊し、新たに二階一四坪の大増築及び大修繕工事を開始したので原告は同年一〇月一日被告に到達せる書面で右大増築工事を中止するよう異議を申述べたが、被告が右工事を続行したので、原告は、同年同月六日到達せる書面を以て、被告に対し前記特約に基き前記土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなした。

三、よつて、原告は被告に対し、地上建物を収去して右土地を明渡し、かつ昭和三五年一〇月七日から、明渡ずみまで一ヶ月金八五四円の割合による損害金の支払を求める。」

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のように述べた。

原告の請求原因として主張する事実は無断増改築禁止の特約の点を除いてこれを認める。

「原、被告間の賃貸借契約は、無断増改築禁止の特約があつたとの事実は之を否認する。即ち、右特約の合意はなかつたのである。それであるのに単に公正証書の例文として契約書に記載されただけであるから原被告間には原告主張の増改築禁止の特約は存在しなかつたのである。

仮に原被告間の賃貸借契約に原告主張のごとき無断増改築禁止の特約が存在したとしても、次の理由でそれは無効である。すなわち建物を所有するための土地の賃貸借については借地人は賃貸人に賃料を支払う対価として、建物を所有するため、借地を一定の存続期間、全面的に使用する権利を有するものである。従つて、借地法の精神からしても、特別の事情がない限り、賃貸人は増改築禁止の特約の名の下に、この借地人の借地の利用を制約することは許されない。そればかりでなく、借地法第七条によると、借地権の存続期間満了前に借地上の建物が火災で滅失したり、あるいは借地人が任意に建物を取毀したりした場合に、借地人がその借地に再び建物を建築することを認めている。そうだとすると、増改築禁止の特約は、借地法第七条にも反することになり従つて借地法第一一条により借地人に不利な借地条件として無効なものと解すべきである。

また仮りに、右増改築禁止の特約が有効だとしても、原告の解除権の行使は権利の濫用である。

(一)  本件借地権の存続期間は昭和二七年一〇月一五日より、同四七年一〇月一四日までである。そして、被告が本件建物を増改築したのは昭和三五年一〇月中であるから、なお借地権の存続期間は一二年間あるはずである。

(二)  被告が本件建物を増改築した結果は、一階において、二坪五合増、二階において九坪増である。しかも全く改築したのは二階だけである。右のように本件建物の増改築の結果、被告としては原告に対し格別の不利益を与えたものとは思われない。このような場合原告としては借地法第七条による異議を述べるだけで満足すべきであつて増改築禁止の特約をたてにとつて解除権を行使し被告の居住の安定を根底から覆すことは許さるべきではない。しかるに右のことを以て満足せず、原告は増改築禁止の特約違反を理由に解除権を行使したもので、それは、権利の濫用であるから解除の効力を生じないものである。」

原告訴訟代理人は、「被告の抗弁事実たる無断増改築禁止の特約が無効であること、及び、解除権の行使が権利の濫用であることはいずれも否認する。」と述べた。

証拠として≪省略≫

理由

一、原告の先代橋本寿吉が昭和二七年一〇月一五日、被告に対し寿吉所有の別紙目録(一)の土地を原告主張の約で(但し無断増改築禁止の特約の点を除く)賃貸し、被告が右地上に原告主張の建物を所有していたこと、原告先代寿吉が、原告主張の日に死亡し、原告が原告主張の経緯により右土地の単独所有者となり、右寿吉の賃貸人たる地位を承継したこと、又被告が昭和三五年九月下旬頃右賃借地上に有していた木造瓦葺二階建居宅建坪一七坪五合五勺、二階五坪の建物を、原告の承諾を得ることなく原告主張の如き増改築をなしたことは当事者間に争いがない。

二、そこで原告主張の無断増改築禁止の特約の合意の有無並びに右合意が存在しなかつたのに拘らず単に公正証書の例文として契約書に記載せられたものであるかどうかについて判断するに、成立に争いのない甲第一号証および証人二重作昇三郎の証言を綜合すれば、原被告間に原告主張の無断増改築禁止の特約がなされかつその特約が成立した旨の当事者の陳述の趣旨を公証人において録取し甲第一号証の公正証書が作成された事実が認められる。右認定に抵触する証人那須トシヱの証言は前記証拠に比べてみると信用できないし、その他に前認定を覆すに足りる資料はない。しかも公正証書の本体をなす事項の主なるものは公証人が当事者の陳述の趣旨を録取して作成するものであるからその文書の性質上公正証書に掲げられた事項は通常この種の事項を掲げた市販の活版印刷等による契約書を使用した場合などとは異なり、これを例文と解すべき根拠も理由もない。

三、また、被告は借地人は借地権の存続期間中、建物所有のため、借地を全面的に利用する権利を有するものであつて、借地法の精神からしても特別の事情がない限り賃貸人は増改築禁止の特約の名の下にこの借地の利用を制限することはできず右特約は借地法第一一条により無効であると主張する。しかし、借地法は借地上の建物を保護し借地権者の地位を確保することを主要な目的としているものであることはもとよりのことであるが、だからといつて、同法の適用を受ける賃貸借に関する法律関係については、借地権者はその理由のなんであるかを問わず、借地権者にとつて不利益な事項を目的とする一切の制約或は拘束は受けないというがごとき法意を包含しているとは解せられないことももとよりのことである。元来民法は賃貸借についてもいわゆる契約自由の原則に委ねているのであるが、建物の所有を目的とする土地の賃貸借については叙上の目的の実現のために借地法を制定し、その限度において契約自由の原則を制約したのであるから、その制約の範囲外のことがらについては原則としていわゆる契約自由の原則がその法律関係につき働くものである。しかして借地法はその第十一条を以つて同法第二条、第四条ないし第八条及び第一〇条の規定に反する契約条件にして借地権者に不利のものはこれを定めないものとみなすと規定して、その限度においていわゆる契約自由の原則につき制約を加えているにとどまり、それ以外には別段の制約を加えてはいないのである。従つて借地契約の当事者はその借地の利用につき右借地法所定の条項に反しない限り、又は右条項に定められたことがらに関しないもの、たとえば建物の種類、構造、用法等ないしその変更改廃等については自由に定めをすることができるものと解する。従つて原告主張の無断増改築禁止の特約事項は借地法第一一条により無効に帰せしめられるべき条件に該当しないことはもちろん、借地法の精神にも反しないものというべきであるからこれを無効とせられべき理由はない。ただ建物の通常の用法においてその維持保存を図る程度の改築、修繕のごときは当然かかる特約の適用を受ける筋合のものではないと解するを相当とするであろうが、当事者間に争いのない原告主張の増改築の程度に至つてはもはや通常の用法における建物の維持保存のためにする増改築修繕の域を超えていることはいうまでもなく、従つて前記特約に触れると認めるべきこともちろんである。

四、更に被告は、本件特約は借地法第七条、第一一条により、借地人に不利な条件として無効であると主張するけれども、借地法第七条は、借地権消滅前に、借地上の建物が滅失した場合に於て借地上に残存期間を超えて存続すべき建物を築造した場合に於ける地主と借地権者の利害の調和をはかることを目的としたものであつて、本件のような既存の建物に対する増改築をなした場合とはその関係が異るばかりでなく、通常の用法において借地上の建物の維持保存に必要な限りに於ては地主の同意を得ないで、修繕改築をなしうることはいうまでもないけれども、借地人が一方的に其の維持保存の程度を超える大改修工事を為すときは、後日、借地権の存続期間、建物の買取価格に関して、地主に不利益となるように、重大な利害関係をもつものであるから、地主、借地人間の利害を調整するという点からも、本件特約は借地法第一一条に抵触して無効なものとはいえない。

五、ところで、原告が昭和三五年一〇月六日到達の書面で、被告に対し、本件賃貸借契約特約に基き前記特約違反の理由を以つて本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

六、被告は、原告の右解除権の行使は、権利の濫用であると主張する。しかし、被告のなした増改築は、通常の用法における既存建物の維持保存に必要な程度を遙に超えるものであり、その増改築部分の既存建坪に対する割合も、被告のいうように僅少とはいえないのであつて、建物の命数、建物買取請求の場合における価格にも重大な影響を及ぼすものである。しかも、借地法第七条は本件の如き、既存建物の増改築の場合を規定したものでないことは前述した通りであつて、被告に於て、単に異議を述べ得るにとどむべきいわれはなく、借地権の存続期間が、一二年間残存していたということも被告が本件特約に違反した結果であつて、己むを得ない。解除権の行使によつて、被告の居住の安定が覆えされるに至ることは明らかであるが、被告がかような状態にたち至らなければならなくなつたのは、被告自身の本件特約に違反してなした行為の結果によるものであつて、原告のなした解除権行使の結果の重大さだけを強調することは許されない。結局、原告のなした解除権の行使は正当であり、これを権利の濫用であるとする被告の主張は理由がない。

よつて原被告間の賃貸借契約は昭和三五年一〇月六日限りで終了したから被告は原告に対し別紙目録(二)の建物を収去して、その敷地である別紙目録の土地を明渡さねばならないし、また右契約解除の翌日である昭和三五年一〇月七日以降、右土地明渡ずみに至るまで、本件土地の賃料が一ヶ月金八五四円であつたことは、当事者間で争がないところであるから一ヶ月金八五四円の割合による賃料相当額の損害金を支払うべき義務がある。

よつて、原告の被告に対する本訴請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し仮執行の宣言の申立については相当でないものと認めてこれを却下し、主文の通り判決する。

(裁判官 田中宗雄)

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